風が強い日。雲が流れる。

今月は土日が10日もあるため2回は休出しなければいけない。
今週と来週は土曜日が出勤なので幾分きつい。
そんな貴重な休日だったのだが親父殿に呼ばれて実家へ出向く。


祖父母の部屋で昼寝をしていた親父殿の傍らに箱が2個。
片方の箱は綺麗なリボンがついていてもう片方はリボンがついていない。
片方は妹が空けたのでもう片方はお前が空けろ、という。
先に空けた妹が姉ちゃんが好きなほうを選んでくれ、と言っていたからそうしろ、と。


中に入っていたのは綺麗な真珠のネックレスとイヤリングのセットだった。
以前妹が友人の結婚式に出席する際、ネックレスがなくて人から借りたという話をしたことがある。
『よし、オヤジがおまえら2人分のを買ってやる。イヤリングとセットのやつな。任せとけ!』
話を聞いていた親父殿が吼える。
顔を見合わせた私達は「おー。じゃ、期待しないで待ってるよ」と笑いながら答えた。


年金受給者なのだが友人の所にて月に何度かささやかなアルバイトをする親父殿。
特に金が必要なわけではなく、定年後唯一の趣味である釣りだけではつまらなかったのだろう。
元々無駄遣いをしない人なのでそれまではもらった手間賃は使うこともなく貯めていたという。


『オレはこれからが青春なの!還暦なんて知らねぇ!!』
今年の正月、親父殿はひどく弾けていた。
普段なら一通り飲んだらすぐに寝てしまうのにテンション高めで話し続ける親父殿。
普段は絶対しないような話がボロボロとこぼれ出す。
現役時、たくさんの顧客を抱えるなかなか優秀な営業マンだった親父殿は
母親が死んだ時何人ものお得意さんから今は再婚をするなよ、と言われていたのだそうだ。
妹は小学4年生、弟は小学校入学目前、私が中学2年生・思春期真っ盛りの頃だった。


『そりゃ〜この年でヤモメっちゅーのは淋しかったよ。だけどオレにはおめぇらに対して責任があったからな。自分を犠牲にしたなんてこたぁ言いたくねぇしそれだけが原因ではないだろうけど結果おめぇらまっすぐ育ってくれただろ?オレの選択はとりあえず間違ってなかったなぁって思うんだよ』


松崎しげる色の顔を赤く染めて笑う親父殿。
『オレはおめぇらが大好きだぁぁぁぁ!!・・・』
大演説の後、咆哮を残して豪快に寝てしまった。


まっすぐ育ったかどうかは自分ではわからない。
でも育てた親父殿がそう言うのならきっとまっすぐに育ったんだろう。
じゃ、そう言うことにしておこうか、と妹と布団を敷きながら頭を掻き掻き話した。


実家はそれほど裕福でもなく貧乏でもない絵に書いたような中流家庭。
倹約家というよりはけちん坊な性質のそんな親父殿の思い切ったプレゼント。


ありがとうよりもっといい言葉はないものかと思った。
言葉なぞたくさんあるのに意外と見つからないものである。
だから、とりあえず今はありがとう。
いつかありがとう以上の言葉を見つけたらきっと言おうと思った。


『よし、これで義理は果たしたから・・・今度はオレの時計を買ってもいいよなぁ?』


おう、買え買え。買ってしまへ。
でも妹がこの間言ってたよ、ばか高いなんとかの時計が欲しいって。
ねだられる前に買えるといいね、親父殿。