ビッケの苦悩


歯医者へ行き昨日抜いた最後の親知らず跡地の消毒をしてもらった後、ビッケと花見に出かけた。
猫仲間のおばさんの家を通り過ぎた所で銀の毛並みが素敵なキャル君発見。
キャル君の前にビッケを下ろすとキャル君はいつになく強い声で鳴いた。



キャル君はおしではないかと思うくらい鳴かない子である。
挨拶をすると「・・・きゃ」とか細い声で返事をするのでキャル君と名付けたのだが
今日のキャル君はひと味違った。



日陰の雑草を食べようと腰をおろしたビッケの背後でキャル君は鳴き続ける。
と、次の瞬間キャル君はビッケの背中に飛び掛った。
驚いて振り返るビッケ。キャル君後ろに飛びずさりながら鳴きっぱなし。



再び草を食むビッケ。
しばらくするとまたキャル君がビッケの背中に飛び掛る。
さらにキャル君、ビッケの首に噛み付こうとしている。



・・・ははぁ、わかったぞ。



キャル君はビッケに愛の営みを挑もうとしていたのだ。
男フェロモンのない玉無しビッケのことをオンナノコだと思ったらしい。
ビッケをトートに戻し、キャル君にバイバイして川沿いの道へ出る。



桜が満開の川沿いは人がいっぱいでいつも一休みをするベンチにも先客がいた。
仕方がないのでボート乗り場のタイヤの上に腰掛けてビッケを下ろす。
いつもと雰囲気の違う河原にビッケはすっかりびびってしまい、珍しく私のそばを離れなかった。



きらきらの水面に浮かぶむぐっちょ(地元ではそう呼ばれる水鳥)を見ながら一服。
いつもなら潜ってはとんでもない所に現れるむぐっちょの動きを一生懸命目で追うのに
しっぽすら動かさず私のそばでじっとしているビッケ。
そろそろ限界かな、とタバコの火を消してトートを広げようとした。
散歩は楽しいのだが『やだ。まだ帰らない』と頑張るビッケをトートにつめるのが一苦労なのだ。



トートを見てそわそわするビッケ。
今日は何分かかるかなぁと思ったその時、ビッケが自らトートにするりと潜りこんだ。
ぼく、今日は超ブルー↓なの、といった感じで顔をあげようともしないビッケ。
ま、今日はいろいろと変わったことがあったからね、と頭を撫でてビッケを担いだ。



家に帰りビッケのリードを外す。
ととと・・・と居間の方に行くとぱたんと転がってしまったビッケ。
不貞腐れたように私に背を向けて。



『ぼく・・・女の子じゃないのに・・・』
そんな感じだった。



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