泣くのをやめた日


2年前の月の見えない夜。
真っ暗な中で、全てが虚しく感じられて、涙も枯れたまま
倒れそうな体をひきづりながらいなくなった白猫を探して歩いた。



いつも通る真っ暗な公園。
艶やかな、闇より黒い見慣れぬ小さな仔猫が私の足許に寄って来て
私の顔を覗き込んで細い声で一声鳴いた。



ねぇ、なんで泣いてるの?
おうちがないの?
ねぇ、ひざに乗ってもいい?



黒い仔猫を膝にブランコに腰掛ける。
無邪気な金色の瞳が「ねぇ?」と言いたそうに私の顔を覗き込む。
晩秋の夜空の星を集めたようなきれいな瞳。



問い掛けるような瞳にいたたまれず猫を膝から下ろし、私は公園を後にして家に向かった。
ああ、今日もあの子に会えなかった
そんな気持ちだけで胸がつぶれそうだった。



ふと、背後から細い声が聞こえた。
真っ暗な路をとことこと歩いてくる黒い仔猫の姿が見えた。
知らないところへは行きたがらない猫の習性、
きまぐれに付いて来ると戻れなくなるぞ
そんなことを考えながらまた家に向かう道を歩く。



家の側の道路を渡ろうとした時。
また、後ろから声が聞こえる。
こんなところまで来ちゃって、知らないぞ
車の途絶えた道路を渡ると仔猫も一緒に渡ってきた。



ドアの前。
暗い蛍光灯の下で私を見上げる金色の瞳。
お前は、どうしたい?
お前は、私に何を望む?
黒猫は問い掛ける私の足許で8の字をかきながら体を擦り付けた。
頭を撫でようとすると仔猫は私を見上げた。



ねぇ、いっしょにいてあげる。
ぼくが一緒にいてあげる。
あなたの心に部屋を一つ作ってよ。
ぼくのとなりの部屋、いっしょに見ていてあげる。



小さな黒猫の凛とした座り姿にそんな言葉を聞いた。
もちろん、わたしの気持ちが生み出した幻聴。
幻聴が鼓膜を叩いた時、枯れた涙が湧き出してきた。



「お客さんだよ」
ドアを開けてだんなに声をかけると同時に黒猫は家に滑り込んだ。
だんなに説明をして座り込むと黒猫は私のひざに乗って気持ち良さそうに丸まった。
最後の涙を流したあの時から私は、泣くのをやめた。



あれから2年。



あの頃よりふた回り以上も大きくなったあのときの子猫はもう私のひざには乗ってこない。
名前を呼ぶと眠そうな目をうっすら開けて見せる三日月の瞳。



ビッケ、あの日を憶えてる?