何気に頭に浮かんだこと

ビッケが窓の外を眺めながら恨めしそうに細い鳴き声をあげた。
もう何日も外に出ていないもんな。つまらないよな。
毎日毎日毎日毎日こう雨降りではビッケならずとももやもやする。
ふと、なんの脈絡もなく先日散歩に行った時に出会った子供の事を思い出した。


まだ河原のコスモスが咲き始めの頃だったから9月の終わり頃だったか。
秋口にしてはかなり暑い昼下がり幼稚園に上がるか上がらないか位のちびっこが一人
どこかから引き抜いてきたのであろう細い棒を片手に歩いていた。


『あ。ネコ。さーわろうーっと』
ビッケと私に気が付いたちびっこが河原へ下りてきた。
ビッケはびびって私の後ろに隠れたがもう遅い。ちびっこはビッケを弄る気満々。
びっくりして噛むかもしれないから気を付けてそーっと指を嗅がせてやってから撫でてな、というと
『知ってる。ミーちゃんもそうだもん』
ポークビッツの様な人差し指をビッケに差し出した。
家で飼っているミーちゃんもガブリエル猫らしくちびっこの手には小さい引っ掻き・噛みつき跡が見えた。
ちびっこの手を嗅いでとりあえず怖い人ではないと思ったのであろうビッケは
多少イカ耳になりながら渋々ちびっこの手が頭に置かれるのを許した、ように見えた。


ちびっこトークは4次元問答だ。
斜め45度の角度から話を引っ張ってくるから話は飛びまくる。
こっちから質問しても向こうから新たな質問で返してくる。
と思うと自分で質問をしておいてあ、そうかぁ!と自分で納得してみたり。
子供と会話するのは非常に難しいなぁ、と思った。


あれ。どこかで誰かが同じようなことを言ってた。だんなだ。
昔、私が友達と話しているのを見た時に言ったんだ。
「何で質問を別な質問で返すの?子供の会話みたいだ。俺には入れんよ」
すると何か、このちびっこは私か。私と一緒か。


秋口なのにやたら暑い日。
20分もちびっこにつかまって話していた(話し掛けられていた)のでそろそろ頭がしびれてきた。
黒いビッケは更に辛そうだった。
ちびっこは相変わらず話し続けていた。
そういえば君、おうちはどこ?一人で出歩いてママは心配しないの?と聞くと
『このポーチの中には何が入っているでしょう?
1ばん、ゲームボーイSP、2ばん、プレステ、3ばん、ゲームキューブ
自分のウエストポーチを指差して質問返し。
おいおい、君のその可愛らしいポーチにプレステは入らないよ。


1番、と答えると『あったり〜!』とゲームボーイSPを取り出すちびっこ。
ねえねえ、おうちは??
『さーて、帰ろうっと』またもや急に転回。
ほっと胸をなでおろしビッケをトートにしまって一緒に歩き出す。
で、おうちは??
やっと答えてくれたちびっこのおうちは帰り道の途中だった。
じゃ、一緒に帰ろうか、と河原の道に戻って一緒に歩いた。


公園のそばを通った時、ちびっこが『あ、大変だ。わすれてた!』と公園に突進。
暑いよ、もう帰ろうよ、という顔のビッケ。
戻ってきたちびっこの手にはゲームボーイのソフトが握られていた。
さっきここで遊んでいて忘れちゃったんだ、とのこと。
最近のちびっこはこんな高いものを忘れるのか。


『これはねー、かいばへんなんだー』
かいばへん??なんか聞いたことあるなぁ。
遊戯王?」
ちびっこはあれ?という顔で私を見上げた。
『うん。カードも持ってるんだよ。ほら』
ポーチを広げながらなんだか嬉しそうだ。というかやっと会話になった。
しかしここでカードを広げられたらまたしばらく帰れないぞ、と思ったので
「また置き忘れたら大変だよ」というと
ちびっこはうん、と出しかけたカードとソフトをしまった。


おうちの前について、じゃあね、ばいばいと別れようとしたら
後ろから『あのさー』と声をかけてきた。
『ぼく、帰ったらコーヒー牛乳飲むんだ』いい塩梅に脱力。うん、私は帰ったら麦茶飲むよ。
『麦茶と牛乳と砂糖を混ぜるとコーヒー牛乳になるんだよ。知ってる?』
そりゃ知らなかったなぁ。
じゃ、私も帰って君と同じコーヒー牛乳を飲むよと言うとちびっこは大きくうん!と頷いた。


お日様の顔が懐かしい雨降りの午後に思い出した
まだ夏の匂いの残る秋の入り口の小さなやり取り。
ちびっこの教えてくれた不思議な味のコーヒー牛乳がつれてきた1コマ。
雨が上がったら河原に散歩に行こうねぇ、と
まだ窓の外を眺めているビッケに話し掛けたら普通にシカトされた。